記号と再帰

記号と再帰: 記号論の形式・プログラムの必然

記号と再帰: 記号論の形式・プログラムの必然

長時間の移動があったので,読みました.記号論の立場からプログラミング言語を捉え,プログラミング言語の立場から記号論を整理する,という論考.ある意味で,記号論に対する計算世界観.意外に思ったのは,このような論考がいままでなかった,ということで,引き合いに出されているプログラミング言語理論の概念は私のような門外漢でも知っているようなもので,そういう意味では最新のプログラミング言語理論の成果を反映した論考ではないようです.しかし,再帰という概念を軸に,不動点の役割から三項関係を読み解いていく部分は圧巻で,とても面白いです.最後の方はまだあまり練られていない感じがして,ここは研究途上の部分なのかな,と思いました.語句の用い方が注意深く,「重要な概念は定義をして用いる」という技術系文書の基本をしっかりと抑えているため,案外読みやすかったです.

本論とは関係ない謝辞に以下のような部分があります.

テーマをいただいて以来,いくつか原稿を書いてみたものの,日本の記号論情報科学・技術に関する学会の状況を鑑みると,両者が交差するような場所があるはずもなく,挫折要因しかない状況であった.(233ページ)

このような研究を日本の学術界でうまく実施できない,ということがあるならば,それは危機だと感じます.こういう研究は割と「あやしい」研究の部類に入るのかもしれないですが,私が考えるに「あやしい」研究にもいろいろと種類があって,(1) 対象が「あやしい」,(2) 手法が「あやしい」,(3) 対象と手法の組合せが「あやしい」,(4) 手法の適用方法が「あやしい」,というような分類ができるかと思います.世の中の「あやしい」研究の大部分は4番目の部類にあって,例えば,論理展開に飛躍がある,とか,著者の独断的思考に基づいている,とか,そういうのですが,そういうものは研究の形を成していないので,どこにも受け入れられない,ということはあるかと思います.しかし,その他の3つの部類の「あやしい」研究は,(研究の形を成していれば) 個人的には好きで,そういう研究がちゃんと実施できるようになっているなら,うれしく思います.