白と黒のとびら

読んでいて,これほど「やられた」と思った本は今までなかったかもしれない.オートマトン形式言語といった,私にとって研究上身近な題材ではあるが,それをこのような観点で見るという視点が私には全くなかった.新しい視点が得られたことと,それをこのように料理し,おもしろく楽しく紹介されたことについて,著者の能力を羨む気持ちにもなった.(私は他人を羨むということがめったにないけれども,このときはそういう気持ちになった.)

内容は,オートマトン形式言語に関する教科書的なものである.しかし,これがこの本では冒険ファンタジーのような形で紹介される.それは,数学を対話的に勉強していくといったものとは違い,主人公が自分で悩み,自分で考え,答えに辿りつく,という,つまり,数学を勉強する人,そして,研究する人の営みを見せている.卓越している点は,オートマトン形式言語の教科書に出てくる,ある種「無味乾燥」な内容を,オートマトンは白と黒のとびらを持つ部屋から構成される遺跡,形式言語 (文法) は詩として登場させて,冒険ファンタジーの世界観を形成しているところである.途中で何度か出てくる師のことばの端々には,研究とはどういう心掛けで行うものなのか,ということについて,私にとっては戒めや励ましのように聞こえる部分がある.

私はこの本で扱われている題材について,多くのことを知っているので理解がしやすかったのかもしれないが,そうでない人にとっては少々難しい内容なのかもしれない.しかし,そうであったとしても,主人公が悩みぬく様子や,主人公を取り巻くキャラクターとの関係は,中学生や高校生にもわくわくしながら楽しく読める内容になっているのではないかと思う.もちろん,オートマトン形式言語を勉強する大学生にも薦められる.